私は、近くに汲まれていたバケツの水をかぶり、屋敷の中に飛び込んだ。制止しようとした消防士を振り飛ばしたが、お構いなしに一目散に地下室へ向かう。 黒煙が行く手を阻むものの、幸い炎に邪魔される事なく地下室の扉まで辿り着けた。半分燃えてしまっていた扉は、鍵を使うまでもなく一蹴の元に砕け散る。 石造りの階段を駆け下りる。落ちた汗の雫が一瞬で蒸発する。ここにも十分火の手が回っていた。 地下室の入り口では崩れた木材が行く手を遮っていた。それをどかす。しかし、元々粗末な造りの地下室の天井は、その木材によってなんとか支えられていた。 ガクン! 「しまった!!」 天井が大きく揺れる。私は天井が崩れ落ちる衝撃に備え、しゃがんで頭を手で覆った。木片や砂や石が降り注ぐ。しかし、天井はなんとか持ちこたえたようだ。それも時間の問題だろう。天井を支える木材は今にも燃え崩れそうだった。 木材の間に隙間が出来ていた。私では通れそうもない。無理をして通ったら間違いなく天井が崩れるだろう。しかし、小柄なあの人形なら……私はその隙間に頭だけを突っ込み地下室の中を見回した。 人形は、既に火が付いているベットの上に座っていた。 「何をしている!!早く!早くこっちへ来るんだ!!」 人形は感情の計れない瞳をこっちへ向けた。 |
「早く!!」 「……ぁ………ぅ…」 言葉が通じたのか、逃げようとする本能なのかはわからない。しかし、人形は頼りなく両足を床に付けた。カクカクと上体が揺れる。そのまま倒れてしまいそうな頼りなさ。 そして、よろめきながら最初の一歩を踏み出す。 「そうだ、そのまま!」 フラリフラリと人形は歩き出す。歩いているとは言えないほどゆっくり……そのまま倒れてしまいそうな脆弱さで。 「………ぅ…」 時折、崩れた家具に足をぶつけ人形は揺れる。それでも人形は一歩一歩、私に近づいてくる。虚ろな目は、ずっと私を捕らえていた。 「そうだ、あんよは上手……だ!あんよは上手……」 目頭が涙でにじんだ。煙が目にしみたせいだけではなかった。 「………ぅ…」 「あんよは上手……あんよは上手……」 よろめきながら、倒れそうになりながら。両手で頼りなくバランスと取りながら人形は私の目の前まで歩いてきた。私は必死に腕を伸ばした。 「ぁぅ…………ぅ……」 人形の手がスローモーションで私の手に近づく。私の血に汚れた手。それに不似合いであろう、無垢な雪のように白い細腕。手を差し伸べられているのは私……そんな錯覚がした。 指先が触れた瞬間、私は小さな手の平をがっしりと掴んだ。 ガタン!……バコッ!ザザザザ!ガシャァァ! つんざく轟音を立てて天井が崩れる。その特、既に私は石階段の中程にいた。小さな人形は私の胸の中にしっかり抱かれていた。小さな手はしっかりと私の服を掴んでいた。 |
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