私は1年ほどの服役を終え出所する。重罪であるクローン人間所有の刑期としては非常に短かった。もちろん、裏で大金が動いての事である。 新しい屋敷の扉をくぐり自室へ入る。まだ生活の匂いがしない部屋が、ヤケに寒々しく感じた。寒々しいのはそんな理由だけではなかったが。 服役中、あの人形の事ばかりが頭をよぎった。強く握ったら壊れてしまいそうな小さな手…その感触が忘れられなかった。今となっては全て終わった事。 人形が外の世界に出る事など予想してなかった。うまく出生をごまかす方法があったかもしれない。しかし、そんな方法を模索すらしてなかった。それほど突然の出来事に少女は連れて行かれてしまった。 人権もなく表情もない。私にとって、ただの人形だったはずである。そのはずだったのに…… ピルルルルルルルル! けたましく鳴る携帯電話が私の思考を遮る。通話ボタンを押すと、更にけたましい声が耳に飛び込んできた。 「アイヤーお勤めご苦労さんアル!面白い物が手に入ったから、今から行くアル。お楽しみにして待っているアル!!」 あの人形を売りに来た商人だった。どこで私の出所日をかぎつけたか知らないが、嘘臭い中国なまりも久しぶりに聞くと懐かしく感じる。 屋敷の裏門を、一台のマイクロバスがくぐり抜ける。一見ごく普通のバスだが、運転席を除く全ての窓には白いパネルが貼られ、中にある物を隠していた。 停められたバスの運転席から、大袈裟に中国人を思わせる身なりをした商人が降りてきた。この男、陳腐な言葉で語るのならば『闇のブローカー』と呼ばれる存在である。 商人は私の姿を見付け、人懐っこそうな笑みを浮かべ近づいてくる。 「また、顔を変えたのか。」 「いやいや、この世界も色々と大変アルよ。」 「面白い物が手に入ったそうだな。」 早速だが、本題を切り出す。 「お客さん、せっかちアルよ。」 この男、こうして釘を差しておかないと、もったいぶってなかなか本題を切り出さない。 「あ………………人形はもう沢山だぞ。」 「へっ?……………アイヤーそうアルのか!?」 図星だったようだ。商人は、意外そうな顔をし、がっくりと肩を落とした。 「本当にそうだったのか……」 「また、うまい事、横流し品を手に入れたアルよ。」 「折角だがな。」 私は両手を広げて、もうこりごりだというポーズを作ってみせる。 「アイヤーこんな無愛想な人形、余所では売れないアル。」 「おいおい、そんな物を私に押しつけようとしたのか?」 「だけど、これ育てたのお客さんアルよ。」 「え!?」 私は商人を押しのけてマイクロバスの中に飛び込む。そこには、あの人形が座っていた。久しぶりに見る表情のない虚ろな目には、驚いた顔をしている私が映った。 「……ぅぁ!」 タッ…… 人形は駆け出す。意外としっかりとした足取りで。 バスッ! そして私の胸に飛び込んできた。 「お、お前……」 「ぅーーーーーーぅ!!!」 人形は私の胸に額をぐりぐりとこすりつける。小さな頭が上を向き、私の顔を覗き込んだ。あの頃のままの光が灯さない瞳。それが…… 「えっ!?」 私は自分の目を疑った。 少女の頬にゆっくりとえくぼが浮かぶ。 |
「あーーーーーーーーーー!」 笑った!! 「あーーーー!」 少女は力強い笑顔を浮かべ、私の体をユサユサと揺すった。 光が灯った瞳には、唖然とする私が映っていた。 「アイヤー知らなかったアル。この人形、こんな良い顔して笑えるアルか。これなら余所でも売れるアル。」 「いや、この娘はわたしが貰う。」 「でも、お客さん、人形は……」 「この娘はこの娘だ。人形じゃない。なっ!」 と、少女に話しかけて、この娘にまだ名前を付けていない事に気が付いた。 「うん……そうだなぁ……」 少女の瞳に私が映る。私は楽しそうな顔をしていた。 ああそうか。 今更ながらに思う事があった。 人形の瞳は私を……私の心を映していた。私が悪意を持って接した時は、恐怖で身をすくめているように。私が好意を持って接した時は、人形は甘えてくれるように感じた。 それは鏡のように私の心をはね返す。 「よし!お前の名前は鏡……『かがみ』だ。」 「あー!」 「鏡、鏡ちゃん、鏡さん……やっぱり鏡だな。気に入ったか、鏡?」 「あーー!」 「よーし!」 私は鏡の両手をチャンピオンのように高々と持ち上げる。 「あーーーーーーーぁ!!」 鏡は楽しそうに私の手にぶら下がった。 「……高いアルよ。」 商人がボソッと耳打ちする。勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。 「おう!この屋敷ごともって行け!」 「アイヤー!?」 |
|