〜序章〜 屋敷の裏門を、一台のマイクロバスがくぐり抜ける。一見ごく普通のバスだが、運転席を除く全ての窓には白いパネルが貼られ、中にある物を隠していた。 停められたバスの運転席から、大袈裟に中国人を思わせる身なりをした商人が降りてきた。この男、陳腐な言葉で語るのならば『闇のブローカー』と呼ばれる存在である。 商人は私の姿を見付け、人懐っこそうな笑みを浮かべ近づいてくる。 「また、顔を変えたのか。誰かと思ったぞ。」 「いやいや、この世界も色々と大変アルよ。」 商人は如何にも作り物臭い中国語混じりの日本語で答える。実際、彼がどこの国の人間であるかはわからない。そして、取引には関係のない事であった。 「面白い物が手に入ったそうだな。」 早速だが、本題を切り出す。 「お客さん、せっかちアルよ。」 電話で話を聞いた時から、今日の取引物によほどの自信がある雰囲気を感じ取っていたからだ。この男、こうして釘を差しておかないと、もったいぶってなかなか本題を切り出さない。 「やれやれ、しかたないアルね。」 商人は渋々と言いたげな大袈裟なポーズを作り、私をマイクロバスの入り口へと手招く。その中にあった物は… |
「人形……?」 美しい少女の人形が座らされていた。端整な顔立ち、瑞々しい肌、風に軽くなびきそうな髪の毛…特に肌は暖かそうな赤みを持ち、今にも動き出しそうであった。本物のように精巧に作られた人形である。しかし…… 「これが、面白い物か?」 確かに、素晴らしい人形であるが、今までこの商人と取り引きしてきた物と比べると、いささか面白味に欠ける。軍事機密から人間の内臓…あらゆる『裏の物』を専門に扱っているはずであった。 「ククク……」 商人の笑みには未だに自信が感じられた。私にある直感が走る。その直感を確かめるために、人形の口元に手を近づけてみた。 「!?」 人形と思われたそれは呼吸をしていた。 少女の虚ろげな目が、尋常な人間ではない事を告げていた。誘拐され、薬などで洗脳された少女……いや、それは違いそうだ。精神を蝕まれた者特有の不健康さが感じられない。それどころか、少女からは『無垢』と言っても良い健全さが感じられた。 それに人身売買は、一流の闇のブローカーと呼ばれる者がわざわざ扱う程の代物ではない。資本主義社会で、『雇用』という建前の上に平然と行われている事だからだ。金のために虐げられる事を望む者、命を捨てられる者などいくらでもいる。 と、すると、残された答えは一つである。 「違法クローンか……」 「ピンポーン、でアル。」 商人はにやりと唇を吊り上げる。 クローン技術は人間の複製が作られるほどに進歩していた。体細胞クローンといわれる、現存する生き物の細胞を使い完全なコピーを作る技術。本来は良質な肉質を持つ食用の家畜を大量生産するために発展してきた技術だ。 この技術が人間に使用されたらどうなるか。優秀なクローンが大量生産される。優秀なクローンがホワイトカラーで人間が作業員に。雇用主は優秀なクローンを求め、人間が失業する。そんな自体になってしまうだろう。 その為に如何なる場合においてもクローン人間には人権はおろか、存在自体を認められない。クローン人間の発覚は、即刻処分という厳しい法律が定められている。故に、それを所有する事は重罪とされている。 「これを、どこで?」 「と有る所からの横流し品アルよ。」 横流し……私は特に興味もなく聞き流していた、数日前のニュースを思い出す。 「ああ……なるほど。」 数日前の大規模な奴隷商組織が摘発された。その組織は奴隷としてクローンを大量生産するため、成長促進の研究をしていた。 クローンは、SF映画のように、数日の間に育つという物ではなく、オリジナルと同じ年月を要する。つまりは人間と同じだけの成長年月を要し、それが大量生産の妨げとなる故の成長促進の研究であった。 食用動物をただ太らせる事とは一線を画している。研究が進めば、まさにSF映画の実現だったのであろうが、『現実は厳しい』と言うオチが付いたようであった。 「その研究の実験体か。」 「詳しくは内緒でアル。」 商人の悪戯な笑みが『そう(でアル)』と告げていた。この男は、もったいぶった言い回しが好きである。 歳は?……と考えたが辞める。何をもって歳を計るのか?二十歳のオリジナルから作られたクローンは、作りたての赤ん坊でも、既に二十年の生物的な寿命を使っている。さらには成長促進の技術。 今まで深く考えた事はなかったが、このような事もクローン人間の存在を認めない理由になっているのではないかと思えた。 「深く考えないアルよ……ただの人形アル。」 商人は、ククク……と卑しく笑った。私が考えている事を察したらしい。非道く険しい顔をしてクローン少女を見つめていた自分に気が付く。 少女の頬に触れてみる。暖かい…しかし、少女はぴくりとも反応を示さないどころか、正面を虚ろげに見たまま私と視線を合わせようともしなかった。光のないその目は、着飾った分ほど少女を虚構の物に感じさせる。 「ただの人形……」 私は先ほどの商人の台詞を反芻する。 「いかがなさいますアルか?」 商人が私に問いかける。どことなく勝ち誇ったような口調に感じられた。そう、私はこの人形に深く興味を持ってしまった。 「……いくらだ?」 しばらくの沈黙の後に、私は重い唇を開く。商談は成立した。 |
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