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第5話 「気のせい、気のせい」 ガチャ……。 埃くさい。しばらく人の住んでいた形跡がない中古の家の様だ。二人で部屋を物色するようにドアやふすまを覗いて行く。引っ越しはまだ進んでいないらしく、家具は備え付けらしいものしかない。床にはダンボール箱が無造作に散乱していた。 【八木アキト】 「ブレーカー上げるぞ」 【有島美緒】 「うん。ふぅ……トビラはなさそう。たぶん、この家の中は安全よ」 と、有島はずーっと繋いでいた手を離す。 【八木アキト】 「大丈夫なのか? 家の中って入口だらけだけど」 【有島美緒】 「私とアキトが接触している以上に、酷い状況にはならないと思うから」 【八木アキト】 「どういう事?」 【有島美緒】 「半分私のせいって言わなかったっけ? たぶん、お互いに干渉し合って、フィルターを弱め合って……いえ、それだけじゃなくて、トビラを引き寄せまでしているみたい。それも遠くの世界に飛ばされる凶悪なトビラを。つまり……私達、相性最悪!」 【八木アキト】 「げっ!」 【有島美緒】 「そういう事だから、最悪である接触状態で調べた以上の酷い状況にはならないと思う。……さて、家に電話入れておかないと。(ピッ)もしもしお母さん? うん、用事は済んだんだけど、また飛んじゃって。うん結構遠く。それで、今度は人を巻き込んじゃったのよ」 【八木アキト】 「(へぇ〜親も理解してるのか。俺はどうするかな、外泊の言い訳。誰かに頼んでおくかな)」 【有島美緒】 「うん。まぁ、悪い事出来るタイプじゃないと思うけど」 有島は俺の方をチラ見していた。 【八木アキト】 「(ん、俺の事話してるのか?)」 【有島美緒】 「代わってだって」 【八木アキト】 「な、何ぃっ!? あ、もしもし! いえいえ、お嬢さんにはお世話になっていて〜。えっ、今度はお父さん!? は、はい、も、もちろんです! いえ、はい! はい! あ、有島〜」 【有島美緒】 「もしもし、ほら安心そうでしょ? それで、水出ないんだけど、水道の元栓ってどこ? 玄関の右の方ね。うん、わかった。じゃーね。(ピッ)」 【八木アキト】 「きゅ、急に、電話代わるなよなぁ〜。焦ったぁ〜」 【有島美緒】 「暑いなぁ。きゃあ! クーラーすごい埃! ごほごほっ」 【八木アキト】 「軽く掃除するか?」 その後の俺達のダイジェスト。 ダンボール箱を開けまくって、掃除道具になりそうなものを探す。下着の箱を発見。俺はドキドキする。ドキドキしている俺を有島が発見。どやされるかと思いきや、有島の祖母の下着だそうな。助かったがガックリだ。タオルの箱を発見。掃除道具と毛布代わりにする事にする。座布団を発見。布団は見付からなかったが代用には十分だ。軽く掃除。夕飯や生活用品少々を買い出しに行く。風呂を沸かす。覗くと殺すと言われたので自重する。俺も風呂に入る。テレビもないから暇を持て余す。茶をすすりつつ、たわいもない会話をしていた。 【八木アキト】 「あれ?」 【有島美緒】 「何っ?」 【八木アキト】 「ああ、カップが……いや、何でもない」 俺はカップを回し、取っ手を掴んで茶をすする。 【有島美緒】 「?」 【八木アキト】 「それで、その時、先生のズラが落ちてさぁ……あれっ? や、やっぱ変だ!」 【有島美緒】 「どうしたの?」 【八木アキト】 「ほ、ほら、コーヒーカップの取っ手の向き。右手で飲んでこう置いたはずなのに……取っ手の向きが!」 カップを掴む→茶を飲む→カップを床に置く→手を離す。単純な動作だ。当然、次にカップを掴む時、取っ手は手を無造作に離した状態、つまり掴みやすい方向を向いているはずである。しかし、取っ手は掴めない方向を向いていた。さっきから、カップを掴もうとする度にカップの向きを直す動作をしている事が気になっていたのだ。 【八木アキト】 「こ、この部屋、何か居るのか!?」 【有島美緒】 「うーん……」 有島は壁の一点を見つめる。 【有島美緒】 「それとは関係ないと思うよ」 【八木アキト】 「それってなんだー!」 【有島美緒】 「気のせい、気のせい。そう思った方が楽だよ。良くある事だから。別に大した害はないし」 【八木アキト】 「ああ、俺もフィルターが弱まってるせいで……。よ、良くある事なのか」 【有島美緒】 「うん。揃えて置いたと思った靴の向きが変わっていたりとか……。揃えていた本棚の本が一冊だけ逆さまになっていたりとか……。きちんと閉じたと思ったドアやタンスが開いていたりとか……。そういう覚えってない?」 【八木アキト】 「あ、ああ……あるなぁ、そういう事。(キョロキョロ) わぁ、ふすまに隙間が!」 【有島美緒】 「気のせい、気のせい。閉め忘れ、閉め忘れ」 【八木アキト】 「ちゃ、ちゃんと閉めておこう」 ピシャンと俺はふすまを閉める。 【有島美緒】 「さて、少し早いけど寝ようか? 明日、7時起きでいい?」 【八木アキト】 「あ、ああ」 【有島美緒】 「7時……と」 ピッピッピッ……と、有島は携帯電話のアラームをセットする」 【有島美緒】 「じゃあ、私はあっちの部屋を使うから。入ってきたら、殺す! ……からね(ニッコリ)」 【八木アキト】 「はいはい。おやすみ〜」 【有島美緒】 「おやすみ〜」 ピシャン……トトトトト……ギィ……ギィ……バタン。 有島の足音が離れて行き、ドアの閉まる音がする。 【八木アキト】 「まだ眠くないなぁ〜。携帯は……あまりいじってると電池無くなりそうだな。暇〜。新聞読んでれば眠くなるかな〜」 俺は梱包に使っていた古新聞を読み始める。全然興味のない社会情勢や政治のニュース。眠くなりたい時には都合の良さそうなアイテムだった。 【八木アキト】 「あれ?」 ふと気付く。また、ふすまが少し開いていた。ちょっとビビるが、原因の心当たりに気付く。 【八木アキト】 「……あっ、さっき有島が出て行った時だ。そうだ、そうだよな。気のせい、気のせい。まったく有島は大ざっぱだなぁ〜」 【有島美緒】 「くしゅんっ!」 遠くからくしゃみの音が聞こえた。 ピシャンッ! 俺は平静を装って、勢い良くふすまを閉める。ふすまを背にして元の位置に戻る。ゴロゴロしながらまた新聞を読み始めた。 【八木アキト】 「!」 俺は気付く。また、ふすまに隙間が出来ている事に。 【八木アキト】 「つ、強く閉めすぎたから反動で……いや、元々建て付けが悪くて開いてしまうふすまなのかも知れない。気にしない、気にしない! もう開けっ放しでいいや」 俺はふすまから視線を逸らし新聞を読む。しかし、やはり気になり中途半端に視界に入るような向きで寝転がっていた。 【八木アキト】 「!?」 スッ。 ふすまの隙間の下の方を、何かが高速で横切った。俺は慌てて視点をそこに合わせる。既に何もない。そこにはふすまの向こうにある、廊下の薄暗い闇があるだけだった。 【八木アキト】 「…………」 気のせい、気のせいと新聞を読む。 【八木アキト】 「!」 今度はふすまの隙間の下の方から、小さい何かが顔を出し覗いているような気がした。しかし、俺が視点を合わせた時には居なくなっている。 【八木アキト】 「き、気のせい、気のせい……」 視線を逸らした瞬間、その小さな何かが隙間を横切った。 【八木アキト】 「!」 俺が視点を合わせた時には、通り過ぎた後だった。 【八木アキト】 「……さ、さて、ちょっとトイレに行くかな」 俺は誰にでもなくそう言い、ふすまを開ける。足下をさりげなく確認するが、何も居なかった。 【八木アキト】 「(な、なんだ? 俺の隙を見て覗いたり通り過ぎたり? い、いや気のせいだ! 疑心暗鬼になっているんだ俺!)」 ジョ〜っと用を済ます。洗面台の前には鏡。手を洗っていれば、自然と顔の前の鏡を見る事になる。 【八木アキト】 「あっ、白髪……」 鏡には俺の後ろ頭が映っていた。後頭部から一本目立つ白髪が飛び出しているのに気付き、俺はそれを抜く。 【八木アキト】 「…………」 俺は鏡から目を逸らす。気のせい、気のせいと念じつつ、二度と鏡を見る事が出来なかった。鏡に本来映るべきは、後頭部ではなく、当然顔であるべきだ! バタン! 俺はトイレを飛び出した。 バタン! 俺は有島の部屋に飛び込んだ! 【八木アキト】 「有島ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 【有島美緒】 「入ってくるなって……言ったでしょぉぉぉ!!」 バスン! 俺の顔に座布団がめり込んだ。 【八木アキト】 「ふすまが閉まらないし、隙間を何かが通るし、鏡に後ろ頭がぁぁぁ! た、頼む! 一人にしないでくれぇぇぇぇぇ!」 【有島美緒】 「あーもぉ、早く寝ちゃえば良かったのに。そーいうものなんだって、気にしない、気にしない」 【八木アキト】 「無理だぁ〜」 【有島美緒】 「はあ……。急にフィルターが弱くなったんじゃ無理ないか……仕方ないなぁ。それ以上は近寄らないでよ。こっちをあんまり見ないでよ! 寝顔なんて覗いたら、もう見捨てるからね!」 【八木アキト】 「分かりました! 感謝します! ありがとうございます!」 【有島美緒】 「もういいわよ。はいはい、寝ましょう。おやすみ」 【八木アキト】 「おやすみ〜」 安心した途端、今日一日駆けずり回った疲れが急激に押し寄せる。俺はあっという間に深い眠りに落ちて行った。 ★つづく★ |
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