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・ ・ ・ 原っぱ。 一番大きな木の上には、子供が作ったにしては立派な秘密基地がある。 秘密基地の中には幼い少女が一人。大きな箱を開ける。中にはお菓子のおまけのカード。漫画。人形。おもちゃのアクセサリー。いかにも子供の宝物と思える物が詰まっている。少女は一人それで遊んでいた……が、しばらくして飽きてしまう。 【幼い少女】 「なんでタケシ来ないのよぉ……」 少女は秘密基地の中で一人、膝を抱えたままコロリと寝転がった。 ・ ・ ・ 第4話 「生存能力」 死んだ者が生きている世界を経て影がない世界に。未だに時計のテッペンの数字は13で、7月は35日まで、10曜日ある世界に俺達はいた。 【八木アキト】 「はぁ……次は、どうすんの?」 【有島美緒】 「うーん。……考えても仕方ないわ。次のトビラを探しましょう」 【八木アキト】 「閑古鳥、閑古鳥……あっ、地下街のあの店、行ってみるか。有島、こっち」 【有島美緒】 「うん」 私はアキトに続いて、地下街へ降りる階段がある場所の入口に入る。 【有島美緒】 「あっ!」 【八木アキト】 「何っ?」 【有島美緒】 「少し雰囲気が変わった。今の所、トビラだった。少し飛んだみたい」 【八木アキト】 「まだ目的の所じゃないのに。ラッキー?」 【有島美緒】 「……ねぇ、7月は何日まで」 【八木アキト】 「えっ? 31日だけど」 【有島美緒】 「ふぅ……はぐれなかったみたいね」 【八木アキト】 「は、はぐれるって! そんな事もあるの?」 【有島美緒】 「誰かが通ると消えてしまうトビラなんてのもあるからね」 【八木アキト】 「もし、はぐれたら……俺一人でこんな世界に……お、俺を置いていかないでくれ〜」 【有島美緒】 「仕方ないわね……」 と、有島は俺の手を握った。 【八木アキト】 「これではぐれないの?」 【有島美緒】 「そのはず」 有島は、ちょっと頬を赤くして目を逸らした。俺も少し照れくさかった。 【八木アキト】 「な、なんか、こうしてるとデート……」 【有島美緒】 「その先言ったら、手、離す!」 【八木アキト】 「わ、わかりました!」 俺の照れ隠しの台詞は遮られた。 うぃぃぃぃぃん。 私達は階段を下り自動ドアの前に立つ。地下ショッピングモールの入り口で、空調の区切りの為に二重の自動ドアが設けられている。まずは手前の自動ドアを通り抜ける。 【有島美緒】 「あっ……飛んだ!」 【八木アキト】 「ここもトビラ?」 【有島美緒】 「…………」 うぃぃぃぃぃん。 次の自動ドアの前に立つ。汗ばんだ額に、地下ショッピングモール内のクーラーの冷気が心地良く吹き付ける。自動ドアをくぐる。 【有島美緒】 「また……飛んだ! 今度は結構遠くに!」 【八木アキト】 「また、トビラ? へぇ、大当たりだったみたいだな地下街」 【有島美緒】 「変! トビラが多すぎる。普通に生活して”飛んだ”ってわかるのなんて、数日に1回って程度よ」 【八木アキト】 「そうなのか? おっ、影が戻ってる。最初に飛ばされた世界かな? おっ! 時計は変わらず13だけど、日付が8月2日になってる!」 【有島美緒】 「ふぅ……今度は近づいたのか」 【八木アキト】 「かな? やった! 7月は31までだ。あっ、そこがお目当ての店。そんな雰囲気だろ?」 アキトは一つの店を指さす。入り口には紫色のカーテンがあり店内は見えない。アラビアンな感じの文字で何やら書かれている。 【有島美緒】 「開店してるの、この店? って言うか、何の店?」 【八木アキト】 「OPENって札出てるぞ。何故ここだけ英語? 俺達の間じゃ”謎の店”って呼んでる。入った事のあるヤツの話だと、海外の食材が売ってるだけらしいけど」 【有島美緒】 「とりあえず入ってみよう……!?」 と、私はカーテンをつまんで顔を突っ込んだ。アキトも同様にして店内を覗く。 【八木アキト】 「へ、変な店だな……天井から色々ぶら下がって……」 アキトは店内に踏み入ろうとする。 【有島美緒】 「アキト! 駄目っ!!!」 【八木アキト】 「えっ……うわっ……」 有島は俺にタックルして、もつれ合って店外に転がる。その直前に、俺が見た光景は天井から逆さまにぶら下がる人間……恐らくはこの店の店員。どうやら天と地が逆になっている世界に繋がっていた様だ。 【有島美緒】 「ここ、通らない方がいい! 違和感が、尋常じゃないもの!」 【八木アキト】 「あ、ああ……」 【有島美緒】 「今度から全部の入口、覗いてから進みましょう。何かおかしいよ」 【八木アキト】 「そ、そうだな」 謎の店のエキゾチックな服装をした店員が、なにやら分からない言葉で話しかけてくる。俺達を心配しているようだ。俺達は愛想笑いで立ち上がり店を離れた。 その後……動きが三倍速な世界。建物という建物に窓がない世界。車が右側通行な世界。宇宙人と異文化交流している世界。俺達はおかしな世界を垣間見る事になった。 【有島美緒】 「トビラ多過ぎ! 変な世界に繋がり過ぎ! おかしい!」 【八木アキト】 「まだ、時計は13。でも曜日は月火水木金土日……7曜日に戻った! 確実に元の世界に近づいてるぞ!」 【有島美緒】 「選んで進む分には、トビラが多いのが幸いだったかな。でも、もう夕方よ……どうするの?」 【八木アキト】 「続きはまた明日にする?」 【有島美緒】 「また明日って簡単に言わないでよ。家遠いんだからね」 【八木アキト】 「あ、地元じゃないって言ってたっけ。どこから来たの」 【有島美緒】 「仙台の方。特急使って4時間くらい?」 【八木アキト】 「ブーッ!」 【有島美緒】 「お使いを頼まれて来たのよ」 【八木アキト】 「そりゃ、困ったな」 【有島美緒】 「それに忘れてない? 何のためにこうしてるんだか」 有島は俺と繋いでいる方の手を持ち上げる。 【八木アキト】 「ああ、そうだ! 俺達がバラバラに行動して、バラバラにトビラくぐって飛ばされてたら……」 【有島美緒】 「また明日会ったとしても、それは今の私じゃ無いかもって事」 【八木アキト】 「……し、仕方ない。どこか一緒に泊まれる所で一晩……」 【有島美緒】 「帰る!」 【八木アキト】 「馬鹿、違っ! そーいう所じゃなくて! うち泊まれるかな? いや、兄貴と相部屋だし、親もうるさそうだし。事情を話せば……いや、分かってくれないだろうなぁ、こんな変な話。カラオケボックスとかは、補導が厳しいし〜。野宿は流石に……」 【有島美緒】 「はぁ……仕方ないなぁ」 【八木アキト】 「おっ?」 有島はカバンから鍵を取り出す。 【有島美緒】 「泊めてあげる……変な事したら殺すからね! ちょっと歩くわよ。30分くらいかな」 【八木アキト】 「えっ、家の鍵? でも遠いって」 【有島美緒】 「引っ越し先の鍵。夏休み明けにこっちに引っ越してくるのよ。直接来ないと出来ない手続きがあったから、お使い頼まれて来たの」 【八木アキト】 「なんだ、だったらそう言ってくれればいいのに」 【有島美緒】 「素性も良くわからない人に住所教えたくないもん! 道、憶えないでよね!」 【八木アキト】 「あっ、ひでぇ〜」 【有島美緒】 「こうなった原因、たぶん半分は私にあるから……仕方なくなんだからね」 【八木アキト】 「原因? そうだ、聞きそびれてたけど、有島のこの能力、なんなの?」 【有島美緒】 「能力なんかじゃないわよ。むしろ逆。フィルター能力に欠陥があるのよ」 【八木アキト】 「フィルターって”気のせい”ってヤツだよな? 欠陥?」 【有島美緒】 「えーっとね、人間って赤ちゃんの時、親の声も足音も風の音も全部まとめて聞いちゃっているんだって。それこそいつもドライヤーの音を聞いているみたいな状態になってるみたい。で……親の声を聞き取る能力を身につけて行くの。生きて行くうえで、自分の親の声を聞き取れる事が重要だから」 【八木アキト】 「それも脳のフィルター機能なの? ”気のせい”だけじゃないのか」 【有島美緒】 「他には……そうね。アキトはニンジン好き? ピーマン好き? シイタケ食べれる?」 【八木アキト】 「な、なんだ突然? ニンジンは嫌いだけど食べれないほどでは。カレーに入ってるの限定では好きだし。ピーマンとシイタケは大抵の料理で好きだな」 【有島美緒】 「私は全部嫌い!」 【八木アキト】 「はぁ……」 【有島美緒】 「あっ、今、子供っぽいと思ったでしょ!」 【八木アキト】 「お、思ってねぇよ! (ホントは思ったけど……)」 【有島美緒】 「でも、それって子供の頃から? 子供の時もニンジン、ピーマン好きだった?」 【八木アキト】 「ん〜子供の頃は嫌いだったなぁ。好き嫌い多かったしなぁ」 【有島美緒】 「それもフィルター機能よ。生きていく上で栄養を採る事が必要だから、苦手な味をフィルターが無い事にしてくれて、美味しいと思う味だけを伝えてくれるの」 【八木アキト】 「はぁ……脳って上手くできてるんだな。生命の神秘だ」 【有島美緒】 「子供の頃って、霊を見やすいって言うでしょ? でも大人になるにつれて見える人は少なくなって行く」 【八木アキト】 「あー、うちの兄貴が子供の頃そうだったとか。今では全然霊感なくなったみたいだけど……これも、フィルターなのか」 【有島美緒】 「そう。ほとんどの場合影響がないし、見えても邪魔なだけだから。ほとんどが無意識のうちに無かった事に。もし意識してしまっても”気のせい”と無かった事にしてしまう訳。その方が生きていく上で都合がいいから」 【八木アキト】 「共通点は生きていく上で……なるほど、生存能力の一種なのか」 【有島美緒】 「そう。私はその能力が子供並なのよ。だから、気のせいに出来ずに余計な事に気付いちゃう。それだけ。ついでに危機回避能力も弱いから、遠くに飛んでしまうトビラをうっかり通り抜けてしまう事もある訳」 【八木アキト】 「ええっ!? って言うと、特殊な能力どころか……生存能力弱っ! って事!?」 【有島美緒】 「そう言っているじゃない」 【八木アキト】 「た、頼りにしてるんだけど……大丈夫なのか?」 【有島美緒】 「ん〜。正直、頼りにされても困る。フィルターが弱かったせいで、ノイズの事をちょっと知っているってだけだから」 そんな事を話ながら、俺達は住宅街の小さな一軒家の前に辿り着いた。 ★つづく★ |
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