|
第3話 「トビラ」 商店街の裏路地にある公園。特に特徴もない小さな公園である。 【有島美緒】 「壁とかで区切っておくと、少しずつ世界が離れて行っちゃうものなのよ。境界があるせいで、同じ世界である必要性が薄れて行くのかな? つまり境界を繋いでいる入口とかドアとか窓とか、門とかもね……それを通過する度に少しずつ世界を移動している訳」 【八木アキト】 「うんうん」 【有島美緒】 「例えば……えーっと……子供の頃、何度も何度も通っていた道なのに、何年か後に行ってみたら間違えた事ってない? 子供の頃何度も行った事がある店なのに、ちょっと大きくなってから行ったら、場所が思い出せない。思っていた所とは全然違う場所になっていたなんて事」 【八木アキト】 「あっ、ある! 間違えるどころか、子供の頃……たぶん幼稚園か小学校1年の頃、毎日の様に通ってた所なんだけど、物心付いてから二度と行けなくなって。親に聞いても友達に聞いても誰も知らないって。でも、それってたぶん、他の場所と勘違いしてたんじゃないのかな?」 【有島美緒】 「何度も行っていたのに?」 【八木アキト】 「あれ? 今考えるとおかしいなぁ……確かに何度も行っていたのに。でも子供の頃の事だし……で、それが今のこの事態と何か関係あるの?」 【有島美緒】 「普通はそう考える訳。思い違いをしていた。昔の事だから記憶違い。ちょっと違う世界に移動して、ちょっと違う所に気付いても”気のせい”って済ましちゃっているの。混乱しないように自己防衛する脳のフィルター機能って感じ?」 【八木アキト】 「ん……つまり日常的に、ちょっとの世界移動はしている……でも、ちょっとの違いは気のせいで済ませているって事か」 【有島美緒】 「そういう事。でも……」 【八木アキト】 「ちょっとどころじゃないぞ! 7月33日だぞ! 時計のテッペン、13だぞ! 死んだヤツが生きてるんだぞ!」 【有島美緒】 「そうなのよねぇ。たまに遠くに飛ばされる事はあるんだけど、こんなに飛ばされたのは初めて。……って言うか、すごい違和感に気付いて引き返そうとしたのに、あんたが押したんだからねぇ!」 【八木アキト】 「す、すんません。あの時は、お前の名前を思い出そうと集中していたせいで……そうだ! 名前、まだ聞いてない!」 【有島美緒】 「仕方ないなぁ……有島よ」 【八木アキト】 「有島……あれ? 知らないなぁ」 【有島美緒】 「だから言ったでしょ?」 【八木アキト】 「下の名前は?」 【有島美緒】 「…………教えてあげない。私、初対面で名前で呼ぶような馴れ馴れしいヤツ嫌いだから」 【八木アキト】 「有島さん……いや、ここは有島様と呼ぶべきか」 【有島美緒】 「高1? 高2?」 【八木アキト】 「ああ、高2」 【有島美緒】 「だったら同じだ。有島でいいわよ。あなたは……なんとかアキトだっけ?」 【八木アキト】 「八木明人。俺はアキトで良いよ。そっちの方が慣れてるから。で、有島……戻れるの? 元の世界に」 【有島美緒】 「たぶんね。今までの経験から言うと、遠くに飛ばされた場合でも、トビラを通り抜ける度に勝手に元の世界に近づいて行くって感じ」 【八木アキト】 「トビラ?」 【有島美緒】 「あっ、世界を移動する入口やドアの事をそう呼んでるの。私が勝手にだけど。それを探して、通りまくりましょう」 【八木アキト】 「探せる物なの? そのトビラって」 【有島美緒】 「アキトはこの商店街、詳しい?」 【八木アキト】 「ああ、まかせとけ。キャリア17年間のベテランだ」 【有島美緒】 「だったら、何とかなるかも。行きましょう!」 少女……有島と俺は再び商店街に戻る。 【八木アキト】 「なになに? ”客が入っていそうなのに、閑古鳥が鳴いている場所”。そういう条件の場所を探せばいいの?」 【有島美緒】 「さっき、子供の頃って話をしたでしょ? ”気のせい”で済ませる脳のフィルター機能が大人になるに従って育っていくんだけど、もっと根本的にトビラ自体を通らなくなるの。大きく飛ばされるような場所を察知して近づかなくなる、危機回避本能みたいなのも同時に育つから」 【八木アキト】 「あーなるほど。だから、理由もなく人が避けている場所は、トビラを本能的に避けているのが原因になってる可能性が高いって事か」 【有島美緒】 「そーいう事」 【八木アキト】 「うーん。あっ、そのパン屋どうかな? 客が全然入ってない」 俺達はショーウィンドウから店内を覗く。客が一人もいない店内で、しけた顔の店主が暇そうにレジに座っていた。 【八木アキト】 「ここ、以前、雑誌に取り上げられて話題になったんだ。一時期は行列が出来るほどだったのに」 【有島美緒】 「良さそうね。じゃ、入ってみましょう」 有島は俺の手首を掴み、パン屋の自動ドアを通る。 【八木アキト】 「あれっ!?」 【店主】 「いらっしゃいませー!」 笑顔の店主が活気良く歓迎する。店内はほどほどの客で賑わっていた。 【八木アキト】 「さっき、ショーウインドウ越しに覗いた時は、客なんて見えなかったのに……気のせい? あっ、こうやってすり替えるのがフィルターか」 【有島美緒】 「飛んだのよ。さっきの世界とは雰囲気が変わったわ。さぁ、戻りましょう」 有島は、すぐに自動ドアに向かう。 【八木アキト】 「出て大丈夫なの? また、トビラ通ってさっきの世界に戻っちゃうんじゃないの?」 【有島美緒】 「大抵、トビラは一方通行だから。うん、大丈夫。飛ばされない」 有島は片足だけ自動ドアの外に出し確認してから通過する。 【八木アキト】 「時計は……うわっ、まだ13だ! 元の世界に近づいたのかな?」 【有島美緒】 「どうだろう……経験からだと、自然に元の世界に近づいて……あっ!」 【八木アキト】 「何っ……あれ?」 有島は呆然と付近を見回している。俺も違和感がある事に気付いた。有島のように世界の雰囲気などと言った違和感ではなく、見た目が何かが違う。 【有島美緒】 「ねぇ……この世界……影がない!」 【八木アキト】 「うわっ! それか、違和感の原因は! これって、もっと遠くに飛ばされたんじゃないかな?」 【有島美緒】 「……うん、そうかも」 ───俺達の冒険は─── ───私達の冒険は、まだまだ続く─── ★つづく★ |
|